11.素敵なこと
今日は神田のバースデー。
僕にとって、この世で一番大切な人が生まれた
記念すべき日……
……なはずなのに……!
「どっこ探しても、居ないじゃないですかぁぁぁ〜〜〜〜!!!」
アレンは教団内全部に響き渡るような大声を出して叫んだ。
それもそのはず、朝一番におめでとうと伝えたくてわざわざ早起きしたというのに、
当の神田の姿が何処にも見えない。
きっと鍛錬場だろうと広い場所を駆けずり回り、
もしかしたらシャワーでも浴びているのかと浴室を覗き、
早めの食事かと食堂も覗いた。
コムイには、今日神田に任務が入っていない事も確認済みだ。
談話室、科学班室、屋上までくまなく探したというのに、
どこにも神田の姿は見えないのだ。
「もしかして、嫌がらせ?
それとも夕べ僕が部屋に行かなかったのを怒ってる?
それとも……」
あれこれ考えても埒が明かない。
神田に会ったらまずおめでとうと伝えて、プレゼントを手渡す。
そして照れくさそうにする神田に思い切り抱きついてキスして……。
今日のこの日を二人で思う存分に祝おうと考えていたのに。
そんなアレンの計画はものの見事に空回り状態だ。
「なんでだろ……」
アレンが廊下の真ん中で項垂れていると、
どこからか聞きなれた声がする。
「おっはよぉ〜アレン。
こんな朝早くから思いっきり項垂れて、一体どうしたん?」
「……あ……ラビですか……」
「って、そんな明からさまにガックリすることねぇだろぉ?
もしかして誰か探し人さぁ?」
「……ええ、その通り。
実は神田を探しているんですけど……
ラビ、知りませんか?」
アレンの元気のない様子に、もう既にかなりの時間探し回ったのが窺える。
「あぁ……そういや、今日はユウの誕生日さぁ……」
「そうです。だから、早くおめでとうって言おうと思って探してるのに……」
「あ、アレン、そりゃ無理だわさ」
「……?……無理? どうしてですかっ?」
「だって、ユウは毎年この日、どっかに隠れちまって出てこないさ。
理由は良くわからないけど、おおかた『誕生日おめでとう』とかって言われるのが
恥ずかしいんじゃないかぁ? ほら、キャラじゃないさ?」
「そっ、そんなっ!じゃあ、今日一日、神田に会えないっていうんですかっ?」
今にも泣き出しそうなアレンの顔を見て、
ラビが気の毒そうなため息を漏らす。
「そっかぁ……アレンは教団に来て初めてだもんな。
神田の誕生日にかち合うの」
「……はい……」
「実は数年前に、ユウのバースデーを盛大にやろうってことで、
コムイが先頭になって、大規模なパーティを企画したんさ。
で、コムイがパーティ用の給仕ロボを作ったんだけどさぁ……」
その先は聞かなくても想像が出来る。
おおかたいつぞやのコムリンの二の舞だったのだろう。
「……で、どうなったんですか?」
「まぁ、例のごとくロボは暴走。会場はめちゃくちゃ。
おまけにプレゼントと称してコムイが六幻の特別メンテナンスをしようとしてさぁ」
「……まさか……」
「そう。そのまさか。
あの黒くて凛々しい六幻が、
見るも無残なロココ調の煌びやかな装飾をされちゃったのさ。
コムイの奴、腕はいいけどファッションセンスは皆無だかんなぁ〜。
あの時のユウの顔……見せてやりたかったさぁ……
以来、『お前には二度とコイツは触らせねぇ!』って啖呵切って、
よほどボロボロにされない限りは、メンテナンスに出そうとしないって話さ?」
「そんな……」
何よりも六幻を大事にしている神田のことだ。
きっとまた六幻にちょっかいを出されかねないと踏んで、
姿を隠しているのだろう。
だとすれば一体どこにいるのか?
アレンはなけなしの知恵を振り絞って、神田が身を潜めそうな場所を考えた。
すると、ポンとある一つの場所が思い浮かんだ。
「……あ! じゃ、ラビ、僕先を急ぐんでこれで失礼しますね?」
「って、オイ。 ユウの居場所わかったさぁ?」
「ええ、多分、あそこです!」
さっきまで涙を浮かべていた瞳を輝かせて、
アレンは廊下を走り出す。
そんな横顔を垣間見て、ラビは両手を挙げて徐に呆れて見せた。
「……ふぅ……全く、恋する少年には叶わないわさぁ……」
どうしてあの場所が今まで思い出せなかったのか。
アレンは心の中で地団駄を踏んだ。
今は互いの部屋を堂々と行き来する仲になったが、
その前は良く人目を忍んで地下の倉庫で落ち合った。
決してロマンチックな環境とは言いがたいが、
少しだけ埃臭い倉庫の雰囲気が、まるでいけないことをしているかのようで
会うのに不思議とわくわくした。
偶然とはいえ、初めて唇を重ねたのも、
そういえばその倉庫だった。
思い出すだけで、思わず頬がかあっと赤くなるのを感じる。
「……はぁ……ようやく着いた!」
日頃ほとんど人の踏み込まないその部屋は、重厚な扉で仕切られていて
中の様子など垣間見ることもできない。
部屋の中はかなり広いはずなのに、
山積みにされた品物が大きな壁を作っていて、
迷路のような隙間を進んで行くと、端の方にぽっかりと小さな空間が出来ている。
そこはまるで小さな秘密基地のようで、大人2〜3人がようやく入れるぐらいだ。
その場所に何処から持ち込んだのかカウチソファが置いてあり、
神田はよく足を投げ出して本を読んでいた。
以前たまたま倉庫で荷物を探しているとき、
ティムが嬉しそうに飛んでいく方向を辿ってこの空間を見つけた。
その場所に神田がいるとは思いもせずに顔を覗かせたときは、
相手もひとしきり驚いていたが……。
其処が神田の密かな隠れ家になっていて、
以前は良く覗いたものだった。
互いの想いが通じあってからはほとんど神田の部屋に入り浸っていたので、
すっかりその存在を忘れかけていた。
「……神田……いますかぁ……?」
懐かしい逢瀬を思い出しながら、アレンが小さく声を掛ける。
「……遅せぇんだよ……」
ずっと探していた恋人が不機嫌そうな声を漏らした。
「良かったぁ……やっぱりここにいたんだぁ」
「……今日は何かとうるせぇからな。
部屋に居たら何をされるかわかったもんじゃねぇ」
「もうっ……だったら、昨日のうちに此処で待ってるって、
一言いってくれれば良かったじゃないですかっ!」
「お前が……夕べ部屋に泊まらなかったのが悪ぃ……」
「だっ、だって……夕べはその……色々と準備があってですね……」
「……準備?」
「そう、準備ですよっ!」
実は前から注文していた神田への誕生日プレゼントが、
遅れに遅れて昨日の夜店に届くという。
実はそれを取りに夜こっそり教団を抜け出して街まで出かけていたのだ。
「その……これを……ですね……
街まで取りに行ってました……」
「……?……」
アレンがそっと差し出したのは、東洋の香りがする小さな袋だった。
布地には綺麗な刺繍が施されていて、
鼻を近づけると何ともいえないいい香りがする。
「東洋では、こういう綺麗な袋に魔除けの御香を入れて
お守りとして持ち歩くって聞きました。
きっと、神田もこういう香りが好きだろうって思って、
わざわざ遠くから取り寄せてもらったんです。
……あ……ちなみに、僕もお揃いで……買っちゃいました……」
アレンの手元には、同じ布地で作られた
色違いの香り袋がしっかりと握られている。
照れながらそれを握り締め、真っ赤な顔をして呟くアレンの笑顔が眩しい。
二人はたまに教団で一緒になることはあっても、
殆どが別々の任務で遠く離れた場所で過ごす。
そんな時、ほんの一瞬でも
愛しい相手を思い出せる物があれば……
きっと寂しい夜も何とか乗り切る事が出来る。
アレンはそんな風に思ったのだ。
アレンが大好きな神田の香り。
それはどこかオリエンタルでエキゾチックな魅力を秘めている。
神田自身は全く無意識なのだろうが、
その香りを感じているだけで、アレンは幸せな気分に浸れる。
「……伽羅の香りか……
ま、嫌いじゃねぇな。
知ってるか? 伽羅には破邪退魔といって、悪いものを寄せ付けない
効果があるんだそうだ。
俺の誕生日にはいい贈りモンだな」
「そ、そうですかっ? 喜んでもらえましたか?」
「……ああ……。
俺の誕生日ってのは、キリスト教じゃ悪魔の数字の横並びだ。
縁起が悪いって誰もが思うだろ?
だが、これを持ってれば、縁起の悪さも凌げるかもな……」
「……神田……」
「それに、お前もこれと同じモンを持ってんなら、
悪いモンが寄ってこないかもしれないしな」
「ちょっ、それはどういう意味ですかっ?!
……か、かんだっ?……」
言うより早く、神田はアレンを抱きかかえるとソファの上へと横たえる。
そしてあっという間にその上に圧し掛かると、息が掛かる距離で怪しく呟いた。
「プレゼントも嬉しいが、俺が今一番欲しいのはお前だからな……
せっかくの誕生日だ。 祝ってくれるんだろ?」
「かんだ……っっ……はぁっ……」
艶っぽく輝く恋人の唇に口付ける。
優しく何度も吸い上げると、徐々に激しく口内へと侵入していく。
狭い場所に、さっきの贈り物の甘い香りが満ちていく。
いつも慣れ親しんだ神田の香りに似ているが、
それよりちょっとだけ甘い伽羅の香りが、アレンの嗅覚をくすぐった。
「……あっ……やぁっ……」
激しい口付けで息が上がりつつある身体に、
神田は徐々に熱を灯していく。
白く綺麗な肌が己の行為で徐々に上気していく様が
堪らなく官能的に映る。
「今まで最高の誕生日かもしれねぇな……」
「……?……かんだ……?」
目の前の恋人が自分のプレゼントを喜んでくれてた。
そして、日頃は絶対口にしないような甘い台詞まで紡いでくれている。
それだけで、アレンは嬉しさでいっぱいだった。
さっきまでの落ち込みがまるで嘘のようだ。
「神田……キミとこうしていられるのが、最高に嬉しいです。
もしかしたら、せっかくの誕生日にキミに会えないかもしれないなんて、
さっきまで最悪の状況を想像してましたから……」
「誕生日なんてくだんねぇことに、よくそんなに盛り上がれるな?」
「くだらなくなんてありませんっ!
僕にとっては大切なキミがこの世に生まれてくれた
とっても素敵なことが起きた日なんですからっ!」
「……素敵なこと……か……」
神田の口元が、少し嬉しそうに上がった気がした。
「神田……誕生日おめでとう……」
「……ああ……」
そして再び神田はアレンの身体に唇を落とす。
激しく燃え上がる熱の中、アレンは神田が小さな声で
ありがとうとポツリ呟いたような気がした。
……今日、貴方が生まれたこの日に、心からの感謝を込めて……
〜 Happy Birthday to YOU 〜
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≪あとがき≫
神田、お誕生日おめでとぉ〜〜〜〜!!!!
:*.;".*・;・^;・:\(*^▽^*)/:・;^・;・*.";.*:
6月6日に何とか間に合わせようと頑張りましたv
18禁描写はまぁほどほどです;
本とはしっかりがっつり描きたいところですが、
お誕生日と言う事でちょっと控えました(^_^;)
本編では暗く辛い戦いが続いておりますが
我が脳内の神田&アレンだけは、
いつもハッピーでありたいと願う私でありました(〃⌒ー⌒〃)ゞ